ウクライナがロシアを嫌いな複雑な背景

ウクライナ東部で激化する戦闘。その停戦を目指して、ウクライナとロシアが後ろ盾している親ロシア派などが、ベラルーシで協議を行い停戦で合意したと、ロシアのタス通信は伝えた。

スポンサードリンク


                                                              ”Sad Memory of Childhood” / Anosmia

「イスラム国」に注目していたら、ウクライナ戦争状態になっていた。

昨年、ウクライナ東部ドネツクでマレーシア航空機が追撃され、これを親ロシア(分離主義者?)派によるものとし、アメリカはロシアに経済制裁をおこない、これはロシアのルーブル安の一因とも言われている。
ウクライナ政府から独立宣言をし、ロシアへの編入を求めいるドネツクは、ウクライナ東部にある。ウクライナの西側はウクライナ系住民であり親欧米。その一方で西側がロシア系住民であり言わずもがな親露である。

ウクライナとロシアは仲が悪い

どこの国にもある歴史問題

近隣諸国の歴史問題というものはどこの国にも存在している。それをプロパガンダとして利用するのは、国を問わず政治家の常套手段でもある。それは、ウクライナとロシアの間でも例外ではない。

 

2004年のウクライナ大統領選挙。色々あって(割愛)、親欧米派のユシチェンコ政権が誕生。この出来事はオレンジ革命と呼ばれている。その後ユシチェンコ氏がダイオキシン(ポロニウム?)を盛られ、顔が痘痕によって変形してしまったことは印象深い。

 

ユシチェンコ氏はウクライナが抱える歴史問題・ホロドモールの批判者として知られている。

 ウクライナが昔ロシアされた仕打ち・ホロドモール

ウクライナ情勢が悪化している背景にはやはり、ロシアとの対立というものがある。その対立には歴史的な要因があり、1932年から1933年にかけて、旧ソ連が行なった人工的な大飢饉「ホロドモール」がある。

 

このホロドモールはウクライナ人が住む各地域で行なわれた。このホロドモールは2006年のウクライナ議会で「ウクライナ人に対するジェノサイド」であると認定。この大飢饉によって、400万人から1450万人が死亡したとされている。

 

当時、旧ソ連(現ロシア)にとって、ウクライナから収穫される小麦は外貨獲得のための貴重な輸出物。農作物は天候に左右されるもので、飢餓が発生してもウクライナの小麦は徴収され、これがさらに食糧不足を招いた。

 

元々、1930年代の初めはコルホーズ(集団農場)は自発的に行なわれていたといわれたが、だんだんと強制的になり、ソ連が課す収穫ノルマは厳しく、ウクライナ側は不満を募らせていく。

 

ウクライナ人の中には厳しい収穫ノルマに耐えられず不満をあらわにする動きが現れ、農村部は民族主義者のたまり場として目をつけられるようになった。

 

人工的大飢饉?

元々ロシアとウクライナは戦争をしていた。ウクライナが敗戦し、ソビエト連邦に取り込まれた。また、ロシア革命が起こったとき、ウクライナ民族主義者がウクライナの独立を求めて立ち上がったが、ソ連側(ボリジェヴィキ・レーニン派)は武力で抑えるといったことをしており、今でもウクライナはロシアに対して虐げられていると感じている背景はこのような一因があったと思われる。

 

人口的大飢饉を行なったということは、民族浄化と受け止めてもおかしくは無いが、それはウクライナ側の主張であって、大飢饉の被害地域はウクライナ人が住む地域以外にも、カザフスタン共和国、ヴォルガ川沿岸地域、南ウラル、北シベリアにも及んでいる。

 

この大飢饉の原因は、大規模な凶作が起こったにも関わらず、当時のソ連は工業化を推し進めていたためになんとしても外貨を獲得したかった。そのため飢餓輸出をしたことがホロドモールに繋がった。結局は人為的に引き起こされた大飢饉ではある。

 

親ロシア派でも東側を手放したくないウクライナ

ロシアに虐げられてきた歴史があるウクライナ。親ロシア派に対して快くは思っていないが、東部を手放したくない理由がある。それは肥沃な大地と、豊かな地下資源だ。

 

ウクライナの西側にはチェルノブイリ原子力発電所があり、その維持だけでも大変な状態。西側を切り離す、手放すということは経済的にもやっていけない。借金大国に陥ってしまう。

 

それに欧米は漬け込もうと考えているのだから、今では欧米対ロシアといった代理戦争状態になっている

 

参考元
日テレ NEWS24 ウクライナと親露派など協議、停戦で合意か

wikipedia ホロドモール

 

 

 

コメントを残す

サブコンテンツ

スポンサードリンク

このページの先頭へ