ウクライナの暗い歴史。ウクライナとナチスとの関係。

1945年1月27日、ソビエト連合の赤軍がポーランド南部にあった、ナチス・ドイツのアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を解放した。

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今年で、解放から70年たった。
Unidentified man at the monument for the destroyed synagogue; Leipzig
Unidentified man at the monument for the destroyed synagogue; Leipzig / Center for Jewish History, NYC

ウクライナはナチス・ドイツを歓迎した

旧ソ連スターリンよる恐怖政治

何かと話題のウクライナ。ウクライナは大穀倉地帯といわれ、長らく旧ソ連の恐怖政治の支配下にあった。

 

1930年代想像を絶する人工的大飢饉ホロドモールによって、反ソ連、反共産意識が高まった。旧ソ連に虐げられてきたウクライナ人にとって、ナチス・ドイツは希望でもあった。

 

ウクライナはナチス・ドイツを独立を手助けしてくれるものと考えており、ドイツが旧ソ連に侵攻した独ソ戦のときは、ナチス・ドイツを「解放軍」として歓迎した。

 

ナチス・ドイツがソ連に侵攻を開始した3日後、ウクライナはリヴィヴで「ウクライナ民族政府」の樹立を宣言。彼らが、まず最初に行なったことはヒトラーに忠誠を誓う書簡を送ることだった。

 

ナチス・ドイツはウクライナを解放しに来たのではない

ドイツ軍はウクライナを抑圧するため、アーリア人種至上主義にのっとって、スラブ系諸国民族を排除するためにウクライナにやってきたのである。

 

よって、ウクライナ人が樹立を宣言した政府はナチス・ドイツに解散させられ、民族運動は禁止させられ、しかもナチス・ドイツに忠誠を誓ってしまった。

 

そして、ウクライナ人はユダヤ人を率先して迫害する

 

ポグロム・集団的破壊行為

19世紀後半から20世紀初頭、ロシア帝国をはじめ東欧諸国ではユダヤ人のポグロムが盛んに行なわれた。

 

このポグロムというのはロシアで「破綻・破滅」を意味する。ここでは、ユダヤ人に対して行なわれる集団的迫害行為として使う。

 

代表的なものといえば、イェドヴァブネ事件である。これは長年ドイツ軍によるものと考えられてきたが、非ユダヤ系住民によるものであるといわれている。

 

ウクライナではリヴィヴポグロムも有名。当時ソビエト政府はユダヤ系の人間が占めており、それに対して不満を募らせていたウクライナ人はユダヤ人を迫害の対象としたのである。

 

皮肉なことに、ユダヤ人強制収容所の代名詞であるアウシュビッツを解放したのは、ソ連の赤軍であり、ウクライナが解放軍として歓迎したナチス・ドイツはウクライナを植民地として考えていたため、ウクライナ人を劣等人種とみなし東方労働者としてドイツ本国に強制連行された。

 

参考元
wikipedia ポグロム
ソ連・東欧諸国のユダヤ人虐殺

 

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