イスラム国の前身組織「イラクの聖戦アルカイダ」からざっと振り返ってみよう

「イスラム国」と名乗るイスラム過激派に拘束されていたヨルダン軍パイロット、ムアーズ・カサースベ中尉が殺害されていることが判明した。

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イスラム国はムアーズ・カサースベ中尉を殺害したとする映像をネット上に投稿。ヨルダン軍は同日、国営テレビを通して「映像は本物」とし、「懲罰と報復を誓う」との声明を発表。
George W. Bush, Time cover December 27, 2004,
George W. Bush, Time cover December 27, 2004, “Person of the Year” / cliff1066™


ヨルダンの国営テレビはカサースベ中尉は殺害されたのは1月3日と伝えた。

 

「イスラム国」の残虐性は今に始まったことではない。

「イスラム国」の全身組織

「イラクの聖戦アルカイダ」

イスラム過激派組織「イスラム国」はいきなり出来たものではなく、前身組織というものがあったそれは「イラクの聖戦アルカイダ」

 

この過激派組織を知らない日本人はいないと思う。今回「イスラム国」に日本人2名が拘束されたが、その前にも民間人が拘束され、殺害された事件があった。

 

「イラク日本人青年殺害事件」である。当時世論が「自己責任」という言葉であふれた。そのとき「イラクの聖戦アルカイダ」はネット上にイラク南部のサマワに派遣されていた自衛隊を48時間以内に撤退させるように犯行声明を発表。

 

小泉元首相は「テロに屈しない」として、これを明確に拒否。その後、青年の遺体が発見され、彼の首を切断する動画をネット上に公開した。

 

これらからわかるように「イスラム国」は、前身組織である「イラクの聖戦アルカイダ」からなにも変わっていない。人質を政治利用し、要求に応えなければ人質を殺害する。また、ネットを利用するといった手口も同様だ。

 

むしろ、「イスラム国」は前身組織よりも、残虐性や狡猾さが増したような気がする。

「イラン・イスラム国」(ISI)の誕生

今回の人質の釈放の一つが、サジダ・リシャウィ死刑囚との交換だったが、この彼女は「イラクの聖戦アルカイダ」の初女性の自爆工作員といわれており、「イラクの聖戦アルカイダ」を立ち上げた故アブムサブ・ザルカウィ容疑者の側近と伝えられていた。

 

アブムサブ・ザルカウィ容疑者は2006年に米軍の攻撃によって死亡したと伝えられており、彼の後継者となったのはアブアイユーブ・マスリ指導者。彼は数ヵ月後「イラクのイスラム国(ISI)」を創設を発表。

 

「イラクのイスラム国(ISI)」は複数のイスラム主義府ループを統一しており、大きな戦力となった。駐留米軍やシーア派政権に攻撃をし、シーア派市民に対する攻撃は残虐極まりないものだった。

 

「イラクのイスラム国(ISI)」と同じスンニ派住民が残虐ぶりに腹を立て、駐留米軍のサポートの元一時はイラクの治安は改善された。そして「イラクのイスラム国(ISI)」は駐留米軍や、シーア派政権から反発しながら、テロ攻撃を続けていた。そんな中アブアイユーブ・マスリ指導者がイラクとアメリカによる攻撃によって殺害される。

 

その次に出てくるのが「イスラム国」の指導者であるアブ・バクル・アル・バグダディである。

 

彼は、なかなか表に出てこないので、謎が多いといわれている。当時アラブ諸国では長年にわたって独裁政権を倒す「アラブの春」(フェイスブック革命と呼ばれていたっけ)が起こっており、この革命はシーア派中心の政権となっていたイラクにも波及。かつて支配階級のスンニ派に再び、反シーア派意識を持たせることに成功。

 

その後、「イラクのイスラム国(ISI)」は2013年4月、シリアのアルカイダ系武装組織である「ヌスラ戦線」を統合。現「イスラム国」の指導者である、アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者は「ヌスラ戦線」人間という情報もあって、ここら辺があやふや。

 

個人的にアブ・バクル・アル・バグダディ容疑者いつ頃出てきたのかもいまいち理解していない。とりあえず、「ヌスラ戦線」を統一した「イラクのイスラム国(ISI)」は「イラクとレバント(またはシャム)のイスラム国」と呼ばれるようになった。そして、ISになった。

参考元
朝日新聞 DEGITAL ヨルダン軍パイロット殺害か 「イスラム国」が映像公開
NAVERまとめ 【イラク・シリア情勢】波瀾万丈すぎるイラク・シャーム・イスラム国(ISIL/ISIS)の今に至るまで

CNN.co.jp 「イスラム国」「ISIS」「ISIL」 その違いは?

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