超法規的処置で出国の日本赤軍メンバー城崎勉容疑者が帰国。日本にテロリストが帰ってきた

1986年に在インドネシア・ジャカルタの日米両大使館に迫撃弾が撃ち込まれた「ジャカルタ事件」。警視庁は2月20日に日本赤軍のメンバーである城崎勉容疑者を逮捕した。

 

逮捕容疑は日本大使館に対する迫撃弾発射事件に関与した、建造物等放火未遂、殺人未遂の疑い。

 

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城崎容疑者はジャカルタ事件の容疑でアメリカの刑務所似服役中だったが、強制退去処分となり、日本へ強制送還された。
Anti-terrorism poster
Anti-terrorism poster / MShades

日本の過激派日本赤軍

日本赤軍メンバーと超法規的措置

赤軍と聞いて「あさま山荘事件?」と思う人もいるかもしれないが、それは連合赤軍が起した人質事件である。連合赤軍も日本赤軍と同じ新左翼系団体だが、日本赤軍は1971年に共産主義同盟赤軍派の重信房子らが結成した組織。

 

日本赤軍は中東や海外を拠点において活動していた過激派組織。1970年代から1980年代にかけて多数の無差別テロを起し、無差別テロの一つに「ダッカ事件」があった。

 

今回逮捕された城崎勉容疑者は、「ダッカ事件」で釈放されていた。

 

ダッカ事件とは日本赤軍のメンバーがパリ発東京行きの日航機をハイジャックし、ダッカ空港に強制着陸させ、身代金と仲間の釈放を要求した事件。

 

城崎勉容疑者は当時、PBM作戦の一つM作戦で府中刑務所に服役中だった。これは、日本赤軍や連合赤軍の母体組織といわれている共産主義者同盟赤軍派が計画した犯罪。

 

めんどくさいので、PとBは割愛。M作戦とはマフィア作戦のことで、金融機関を強盗し、革命資金を調達する計画のこと。城崎勉容疑者はその実行部指揮官として逮捕された。

 

神奈川県や千葉県の郵便局や銀行を襲って1974年4月に懲役10年の刑が確定した城崎勉容疑者だが、1977年9月28日に先述したダッカ事件が起こる。

 

日本政府は「人の命は地球よりも重い」として「超法規的措置」を決定。城崎容疑者ら6人が釈放され、出国。このときの日本の対応は国際社会から厳しく批判された。

 

その後「超法規的措置」によって釈放された城崎勉容疑者を含む11人が釈放されたが、その後新たなテロ事件等を起している。

 

ISILが邦人人質事件でリシャウィ死刑囚の釈放を要求したことは記憶に新しい。要求をのめない背景には、このような背景があったのだ。

 

この「超法規的措置」で釈放された7人のメンバーの内、6人が今だ国外逃亡中。

 

参考元
wikipedia ダッカ日航機ハイジャック事件
The Huffington Post 城崎勉容疑者を逮捕 「ダッカ事件」超法規的措置で出国の日本赤軍メンバー
NHK NEWS WEB 日本赤軍メンバー城崎勉容疑者を逮捕

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