【放射線治療】被曝は原発だけじゃない・ゴイアニア被曝事故【セシウム】

ブラジル・ゴイアニア市で廃院に放置されていた放射線治療用の医療機器から放射線格納容器が盗難により持ち出される事件があった。

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その後、人手を通しているうちに格納容器が解体されてセシウムー137がもれ出てしまい、その光る特性に興味を持った人々が接触し、多数の住民が被曝。被爆者が249名にも達した。

 

これが、1987年9月ブラジルのゴイアニア市で起こったゴイアニア被曝事故である。
Radiation supervised area
Radiation supervised area / Arenamontanus

イスラム国に拘束されているジャーナリスト・後藤健二氏後藤健二氏のご母堂の記者会見は、原発問題に言及したりと賛否両論はあると思うものだったようだ。その記者会見の前後に、福島原発の汚染水処理問題は年度内処理を断念すると発表した。

 

しかし、過去には原発といった放射線物質を専門的に扱う施設の事故だけではなく、住宅街、市街地でも被曝事故が起こっている。

 

ブラジル・ゴイアニア被曝事故

ゴイアニア市廃病院の放射線装置

ゴイアニア市の中心近くにあった癌治療病院が移転し、その病院が廃墟となった。その廃病院にはアイソトープ(同位体)セシウム-137が入ったままの治療用の放射線装置が放置されたままになっていた。

 

この医療施設は1971年に認可を受け、医師の団体によって運営されていたが、1985年に所有権が移転していた。

 

病院にはコバルト-60とセシウム-137両方の放射線治療装置が設置されていたが、廃院になったとき病院側はブラジル政府機関にコバルト-60しか、申請していなかった。政府側は確認と警告を2度ほど行なったが、病院側から返答は無かった。

セシウム-137の放射線治療台が廃院に残り、それが多数のゴイアニア市民を被曝させることとなる。

 

放射性物質を盗難。

廃院に放置されていた放射線治療装置にはセシウム-137が93g入っていたもの。
1987年9月10~13日ごろ2人の若者が廃病院に高価な品物があるという噂を聞き進入し、治療台を持ち帰った。このとき既に2人はガンマ線を被曝し続けており、13日には2人ともに嘔吐の症状が出始め、めまいといった体調不良に悩まされ始めた。

 

盗難から8日目、盗難をした若者の一人が自宅庭で線源容器にドライバーで小さな穴を開けた。中の粉末を火薬と思いこみ火をつけようとした。

 

同日、線源容器に穴を開けたまま廃品回収業者に売却。ここから被曝者が爆発的に増えていく。

 

青白く光る不思議な粉(チェレンコフ光)
廃品回収業者はその線源容器の粉が青白く光っていることに気がつく。得意げになり、それを自宅に運び込み、翌日から3日にわたって、知人達にそれを見せびらかした。

 

いい気になった、廃品回収業者は粉末状のセシウムを取り出し、友人や家族にも配った。このセシウムを利用し、カーニバルの衣装を制作しようと考えていたらしい。書かなくてもわかると思うが、セシウムを貰った人は被曝している。

 

その後、セシウムを貰った廃品回収業者の弟は、そのセシウムを食卓に置き食事。娘はセシウムをいじった手で食事をした。

 

被爆に気がつく

その頃になると、セシウムの被曝による健康障害を訴えるものが多くなり、廃品回収業者の妻はこの光る粉末が原因だと確信し、転売してしまった線源容器を取り返し、それをもって地元保険局に向かった。

 

最初は、セシウム被曝と思っていなかったため、医者も最初は熱帯病院の受診を薦めたが、何かおかしいと感じた。医師は患者の一部に見られる皮膚の炎症は放射線皮膚炎かと疑い始め、たまたまゴイアニアに放射線医学専門家がいた。

 

問題の線源容器は保険局事務所の庭に放置したままで、専門家がガイガーカウンター(放射線量計)をその事務所を訪れると、建物の前で、測定器が振り切れた。最初故障と思い、すぐに代わりの放射線量計をもって再び事務所に向かったが、同じように振り切れた。

 

最終的には249名が被曝し、4名が放射線障害で志望した。ゴイアニア被曝事故は国際原子力事象評価尺度はレベル5。これはスリーマイル島原子力発電事故と同程度ということだ。

 

ゴイアニア市のその後

このブラジル・ゴイアニア被曝事故はチェルノブイリ原子力発電所事故が起こった翌年に起こった事故でブラジル国内では衝撃的だった。

 

作物の風評被害をはじめ、ゴイアニア市民は公的機関の非汚染証明書がなければ、タクシーやホテルも拒否される事態がおこり、被曝によって死亡した4名の葬儀は、埋葬を阻止しようとする暴徒を排除しながら行なわれなければならなかった。

 

被爆者4名の棺は鉛を内張りし、墓地のはずれに4人分の墓を分厚いコンクリートで造り、埋葬されたという。これではまるで、チェルノブイリ原発事故の石棺処理のようである。

 

ゴイアニア被曝事故は防げたはず。

セシウムの格納容器には放射能を警告するマークはついていたが、盗み出した若者はそれが何を意味しテいるのかわからなかったとのこと。

 

もちろん、彼も被曝し、右腕を切断した。

 

ゴイアニア被曝事故は放置されていた機械が盗難に遭い起こったことだが、これは行政側の落ち度だと思う。しかし、紛争が起こったり、ソマリアのように国がなくなり、忘れ去られた放射線治療装置が年月が立ち腐食し、放射線物質が漏れ出るといったことも無いことはない。

 

参考元
アイソトープの不始末で放射線被爆
wikipedia ゴイアニア被曝事故
失敗百選~アイソトープの不始末で放射線被爆~

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